2020年9月18日金曜日

拝啓、ヴァイレット・エヴァーガーデンさん

あなたのことを描いた映画を拝見しました。何度も心揺さぶられ涙を流しましたが、単に泣きましたと書くだけではつまらないし悔しいですね。あなたのように美しく仕上げることはできませんが、取り止めのない思いをどうか受け取っていただけますか。

この手紙を勝手に開封した、そこのあなたへ。もしあなたが映画やTVシリーズをまだご覧になっていないのならば、ここから先を読まずに引き返した方がいいでしょうね。あなたが映画をまっさらな心で見ることができなくなってしまいますから。映画はいつまでも上映しているわけではありません。急いで予約をお取りになってください。

さてヴァイオレットさん、あなたのお客様、若いのにご病気でいらっしゃる男の子のことはお気の毒でした。しかし、あなたはとても良いご同僚をお持ちですね。私は、アイリスさんがとっさに電話のことを思いついたのだと受け取りました。手紙は電話に追いやられて消えてしまうと不平を言っていたアイリスさんが、そのように電話の長所を理解して活用してくださることがとても驚きで、かつ聡明な方だとの印象を残しました。男の子にとって、最期の時を家族だけでなく親友の声と過ごせたのは暗い運命の中にあった一筋の確かな光であったでしょう。どうかヴァイオレットさんにおきましては、彼の最期に寄り添えなかったことを悔やまず、アイリスさんのことを誇ってくださいますよう。

彼が家族に宛てた手紙もまた、とても印象的でした。あなたが彼の言葉を遺すのに協力してくださって、とても嬉しく思います。あなたはご存じないかもしれませんが、手紙を読み聞かされた彼の幼い弟は、彼の亡骸を前にして、笑顔で、幸せだとも言ったのです。なんと壮大な言葉の力でしょう! あの場の誰もが、彼がこの世に生を受けたことに感謝の念を抱いていました。単なる悲しみの涙に終わらせなかったのは、無論あなたはご謙遜なさるでしょうが、あなたのおかげなのです、ヴァイオレットさん。

ギルベルト少佐、あえてこう階級でお呼びしますが、少佐を尋ねて島を訪れた時のあなたは、見ていてとても痛ましいものでした。少佐の気持ちも理解できないわけではありません。少佐もまた、戦争により大きな傷を体と心に残した一人なのです。名門の生まれであり惨めな姿で家に戻れないとの葛藤もあったでしょう。しかしながら、私は長きに渡ってあなたの少佐への生きていて欲しいとの祈り、そして会いたいという祈りに寄り添ってきたのです。まさかあなたの顔を見もせず、帰ってくれなどと曰うとは! 私は怒りで拳を握り締めんばかりでした。少佐を殴るなら私が、とあなたが冗談を言った時、私は仰天したものです。なんという機知、なんという健気さでしょう。あなたの幸せを祈らなかった瞬間はありませんでした。

あのまま島に残らず、依頼を全て片付けるところはあなたの美徳です。あなたはとても誠実で、ギルベルト少佐を愛しているのと同じくらい自動書記人形の務めに対しても真摯なのですね。社長も同僚たちも、もちろん育成学校の先生も、あなたのことを誇りに思うでしょうね。

私、今軽率に「あなたはギルベルト少佐を愛している」などと書いてしまいました。あなたがこの言葉を少しは理解できるようになったのだと扉越しに少佐に言った時、本当はこの言葉を素直に交わせる関係になりたいのだと、私は想像しました。船から飛び降りて少佐と向き合った時、ついぞこの言葉を口にすることはなかったですね。代わりに出てきたのは、「しあわせ」でしたね。あなたは少佐からもらった「あいしてる」を理解しただけでなく、あなた自身であなたなりの思いを表現できるようになったのです。あなたがあなたである証を受け、私は天にも上るような気持ちでした。後に生活を共にするようになって、何度も「あいしてる」を交わすような暮らしをしているとしたら、なんて素敵なことでしょう。

ギルベルト少佐は今や、島のジルベール先生なのですね。あなたに慈しみを持って読み書きを教えた彼が、今度は同じだけの優しさを持って子供たちに接していると思うと、とても嬉しくなりました。テイラーという配達見習いの少女を覚えていらっしゃいますか? 彼女を手伝って手紙を打つ時、DearのDを打つ時、テイラーの手に手を重ねるようにしてゆっくりと導いていたあなたのこともまた思い出されます。少佐の優しさは、またあなたが子供たちに接する態度にも受け継がれているのですね。

あなたが鞄と傘を携えて歩く姿が、切手になっているそうですね。CH郵便社を記念した博物館で見ることができるほか、島の郵便局で買えると聞きました。今ここで手に入らないのがどんなにもどかしいことか! きっとあなたの切手つきで手紙をもらったら、どんな手紙もあなたに代筆してもらったようで、とても愛おしいものになるでしょうね。

私はあなたの手が好きです。タイプライターを踊らせる姿がとても美しいと思います。私はタイプライターが平たくなったような、あなたがご存じないような機械で今手紙を書いています。これは書き損じに強くて、私のような素人があなたのような速度で鍵を叩いて筆を誤っても、すぐにやり直すことができるのです。夢のようである一方、あなたがどんな集中力、どんな知識量でタイプライターに向かっているかを想像する時、頭が下がる思いです。私もあなたのように、広い知識と経験を得て、言葉の表も裏も使い分ける書き手になれたらと思います。

あなたのことは知れば知るほど楽しくなり、もっと知りたくなり、また友人にも教えたくなってしまいます。長くなり過ぎてしまって料金がかさんでしまうといけないので、この辺りにしておきましょう。あなたの暮らしが平穏で健やかであることを祈っています。

愛を込めて。


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